第三十七章
■いよいよ■
 サクラメントジャズジュビリーのなにが面白いと言って、やはりオープニングパレードもみもの見物の一つだろう。このフェスティバルに来てオープニングパレードを見なければ、「画竜点睛を欠く」、これは最後の仕上げのことだから意味が少し違うが「仏作って魂入れず」これ程大げさでもないとしても、これは是非とも見物していただきたい。
 十年前に来た時は象がパレードの先頭を引っ張っていた。
 毎年有名なプレーヤーの中からエンペラーを選出し、オープンカーに王冠をかぶってのパレードだ。今年は「パットヤンキー」という女性ボーカル、したがってエンペラーでは無く女性名詞でエンペレス。
今回、私たちは演奏があるので、オープニングパレードは残念なことに見ることが出来なかった。

 一番初めのステージはカルEXPOの中にある会場だ。このカルEXPOというのはカリフォルニアで行われた万国博の会場あとである。
 すり鉢状の会場で一番下のステージから階段状に客席がもうけられている。収容人員も軽く千人は超すだろう。すり鉢状の会場の周りは多くの木に囲まれており、その中から木漏れ日がかるくステージにさしている。プリジュビリーでの炎天下と違い同じサクラメントでも涼しくさえ感じる。
 ステージのスタート時間はお昼十二時だ。大半はやはりパレードを見ているのだろ私たちは準備のために一時間前に到着したが観客はまだまばらだ。しかし、熱心な観客はパレードをすっぽかして私たちディキシーサミットの応援に駆けつけてくれている。サクラメントへ来て八日目になる私たちは、ちらほら知っている顔も伺える。

 一時間有るが、客は集まるのだろうか。オープニングパレードの会場からのカルEXPOのステージまではバスでやはり三十分かかるだろう。
 十二時近くになるとお客さんも大分集まって、プリジュビリーとは違った緊張感が走る。
 ステージセッティングの打ち合わせ、マイク位置、モニター、ピアノとドラムの位置、ステージに出るタイミング、手際よく英二郎がやってくれている。その間をぬって地元テレビ局のインタビューが入ったり、アメリカ以外からの取材にも応じなくてはならない。私が一番頭を悩ますのは曲選びである。ライブの場合は雰囲気もノンビリであるがコンサートはのんびりとしていられない。ライブとの違いは、コンサートの場合、一曲目からとばしていくことである。ステージぎりぎりまでインタビューがはいり、ステージ前の慌ただしさに拍車をかけた。初ステージの始まりだ。司会がステージ上でディキシーサミット紹介をしている。

 私たちがステージに立つことをバンド用語で「板付く」と言う。バンド用語と言うよりはもっと古いものであると思うが。
 「さぁ板付こう!」リーダーとしては元気が一番である。リーダーがしょんぼりしていると連鎖反応でメンバーも落ち込むことがある。
 楠堂浩己のドラムソロをイントロにして「Lime house blues」をスタートさせた。

 大変スピード感があり演奏している方もどんどん気が入っていくのが分かる。この曲はほとんど日本では演奏されていないが、十年前に英二郎とサクラメントに来た時、ジョンオールレッド親子が演奏していた。
 十年前のオールレッド親子の演奏していた光景が、くっきりと目の当たりに浮かんだ。今こうして、中川親子がサクラメントで同じ曲を演奏しているのも、何か目に見えない糸で結ばれているのが感じられた。今回このオールレッド度親子との再会も楽しみの一つだ。

 本ジュビリーのステージ演奏時間は七十分間。一日三回と聞かされていた。そのつもりで最初のステージもを曲数を決めた。が、カルEXPOの第一回目は、コンサートが始まるのが午後にくいこんだため、急遽45分と短くなった。たぶん最初から決まっていたことだとは思うのだが、私の英語の理解力不足でこういう結果になったかもしれない。
 一回決めたメニューで誰のソロをカットしても申し訳なく、全部演奏したら時間がオーバーになるし、こういうときは結構悩むものである。
 結局自分のソロをカットし、後はどれもカットしにくかったがなんとか一、二曲詰めて次のグループにバトンを渡したが、45分を少しこぼれてしまった。こういうフェスティバルでは、一つのバンドが少しずつ時間を伸ばして行くと最後に大きなしわ寄せが言ってしまう。一番気を付けなくてはいけないことだ。初ステージも最後の曲は楠堂浩己をフィーチャー。
 「セントルイスブルース」が終わったときは観客全員総立ち、アメリカ式に言えば、スタンディングオーベーション。サクラメントジャズジュビリー第一回目のステージは大成功。さい先の良いスタートである。

 短くなったステージで汗をかく暇もなくなんだかあわただしく一回目が終了したが収穫もあった。収穫というと語弊があるが、例のたどたどしい、私の英語の挨拶でのこと。コメントの後、次の曲に私の歌が入る「Bill bailey won't you please come home」を演奏した。私の発音がおかしかったのか良かったのかは判断できなかったが、大きな拍手を貰った。曲間にいつも日本でやっているスキャットを入れたところ、聴いている人は、たぶん私が歌詞を忘れたと思ったらしい。曲が終わると同時にやんやの喝采を浴びた。ステージとはなにが起きるか分からない。

 何はともあれ一回目を無事終了しボランティアの車に乗り込んだ。
 「Very good Mr. NAKAGAWA」自分が担当しているバンドが観客に受けるのはうれしいらしい。
 「サンキューベリーマッチ アイドゥーザベスト」「ありがとう一生懸命やりました」の、英語のつもりだ。過去形も現在形もむちゃくちゃだが、何か言わずにはいられなかった。
 ミュージシャンというのはなにがあっても自分に満足をすることがない人種である。常に自分のプレーに自己嫌悪に近い反省をしてしまう。たぶん他人が聞いては分からない様なことなのに妙に気にしてしまうものである。拍手が多ければ多いほど大手を振って観客に答えることが出来ない。とくにこのことは日本人に顕著である。

 その様なときリーダーは、必ず
 「あのソロ良かったね!」と声をかけてあげる。演奏をした人は半信半疑の部分もあってそう言われてみると 
 「良かったんだ」と自信を持つものである。結構ナイーブといっても良いだろう。
 時々ふと
 「私たちジャズ屋の役目は何だろうか」こんなことを考える。
 ライブなどで終わった後にその日の客に言われてうれしい言葉はもちろん
 「楽しかった」と言う言葉の他に
 「明日から又元気に働けるよ」こう言って貰えるときが一番うれしい。
 「これがジャズ屋の役目だ」ジャズが生まれたときのように
 「黒人達の明日への希望」が、今も生きているんだなと感ずる一瞬である。
 ボランティアに言われた
 「Very good Mr. NAKAGAWA」の一言が本当にうれしかった。
 サクラメントジャズジュビリー本番二カ所目、オールドサクラメントのステージに到着。
 四時スタートだ。アメリカはサマータイムを実施しているので四時というと日本の三時だ。一番暑い時間と言っても良い。
 私たちが到着したときに演奏していたバンドは十年ほど前に日本にきている。
 「Uptown lowdown jazz band」トランペットが二本、後は普通のディキシーランドジャズスタイルだ。シアトル出身のバンドでなかなか人気があるようだった。
 やはりリーダーとしては前のバンドの、観客の反応が気になるものである
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