第三十三章
■楠堂浩己初仕事■

 今日からアメリカ人抜きの純粋日本人バンドである。
日本からの「七人の侍」、ピアノプレーヤー後藤千香が女性なので、「七福神」等という言葉を思い出しながら七人勢揃いしたディキシーサミットの初仕事となった。

 楠堂浩己にとっては初の、カリフォルニアの太陽の洗礼だ。それにしては今まで中で今日が一番厳しい。日を遮る物といえば、背の高さ2メーター50センチほどの灌木が一本あるだけだ。木陰に三人はいるのがやっとである。
 楠堂浩己はセッティングだけでもうすでに大汗をかいている。
 「この熱さはすごいね、日差しが強い過ぎるよ」思わず楠堂浩己の口から漏れた。
他のメンバーはすでに六日目なので、「毎日がこんなもんだよ」と言う顔をしている。もちろん口には出さないが・・・。

 今日の仕事場は色々なテナントの集まったショッピング街と言えばよいだろうか。メイン広場に作られた特設ステージだ。特設ステージと言えば聞こえがよいが「特設木陰」と言った方がよいかもしれない。
 しかし私たち楠堂浩己をのぞいた六人は、久しぶりにレギュラー全員揃って一緒にプレーが出来るということが、うれしくてしようがない。
もう無理になれない英語で曲名を言う必要もなくなった。ドラムソロも思い切りやってもらえるし「SING SING SING」だって出来る。私は思わず、
 「バンザーイ」心の中で叫んでしまった。

 私たちのバンドを聴きに来ている人たちも、直射日光をさけメイン広場の屋根の付いているところで待機している。ステージとの距離が、ざっと見て30メートルはあいている。「お客さんが少し遠すぎるな」そんな中で楠堂浩己参加して初のステージが始まる。
 一曲目はバンドに勢いをつけるという意味もあって、
「River boat shuffle」に決めた。
「浩ちゃんイントロ八小節ドラムソロ」日本語が通じるだけでもうれしい。
「よし、行こうか!」楠堂浩己の元気な声がまたうれしい。

 楠堂浩己の感激的な乾いたドラムの音が真っ青なカリフォルニアの空にこだまする。私は前からこの一瞬を夢見ていた。
 「日本にもこれだけのドラマーがいるのだゾ!」何度と無くアメリカのフェスティバルに参加している私は楠堂浩己をアメリカに紹介したかった。今その夢が叶っているのだ。
もう、この年になって、うれしいとか、感激とか、そのようなことと縁遠かった私にとっては、何か久しぶりに喜びに体がふるえる気持ちだ。
 「音楽は楽しい!ディキシーランドジャズは最高!」そんなことを考えながらアンサンブルに突入。さすがベストオブジャパンの七人だ。気持ちの良いようにリズムが波打ち、メロディーが醸し出され、最高のアンサンブルが生まれている。今ここに始めてメイドインジャパンのディキシーランドジャズが、アメリカ大陸に上陸したのだ。

 楠堂浩己の観客の反応は、私の予想以上にものすごいものであった。
「こんなに受けても良いのかな?」と言うほどの喜びようだ。
 休憩にはいると多くの客がステージに寄ってきて、握手をしたり写真を撮ったりとくに楠堂浩己、英二郎、ピアノの後藤千香、そう言えば全員にである。

 二回目のセットには前で見るだけではなく、バックステージにも自前の腰掛けを持って座り込んで聞きいる人も多くなった。さすがにこのようなことは始めての経験だ。
「楠堂浩己効果」てきめんである。
 八十才近いご婦人がリクエストをしてきた。「NAGASAKI」日本ではあまり演奏することはないが有名な曲である。
 ここで向里直樹が日本に忘れてきたミュージックブックが急遽必要になってきた。
そのミュージックブックを宅急便でサクラメントのホテルに送るように電話してから早一週間経とうとしている。今日あたりしごとからホテルに帰った頃には
「そろそろ届いているだろう」等と言いながらも当面のリクエストをやらないわけには行かない。さすがプロの集団である。ちょっとした打ち合わせだけで見事に演奏してしまった。それにしてもこれからどんなリクエストがくるかもしれないし、また、どんなプレーヤーがシットインするかもしれない。知らないなどと言うと日本人としての恥だ。

 そんな時、
 「是非私に歌わせてくれ」と一人の外国人が、いや外国人は自分たちだ。現地の人がやってきた。一様責任者に許可を取ってみたが「問題なし、どうぞ」とのこと。
 又英語でやりとりだ。
 「what tune?」(なにを歌いますか?)
 「Just in time」(ジャストインタイム)この曲なら知っている。とはいっても私一人が知っていてもしようがないのだ。みんなで簡単にコードを打ち合わせし、飛び入りの、現地の人に歌って貰った。もう一曲難しい曲だったがさすがプロの集団だ。完璧に伴奏した。

 今日の所は問題なく演奏できたから良いものの、この先やはりあのミュージックブックがどうしても必要だ。そんな飛び入りがあった物のやはり締めは楠堂浩己である。
 アメリカのエキストラのドラマーが演奏不可能であった「SING SING SING」を本日最後の曲とした。昨日サクラメントに着いたばかりの楠堂浩己はその疲れも見せずに大熱演。
その熱意は聴いている現地の、観客の心を捕らえ、スタンディングオーベーション。これはこちらでは最高の敬意の表現である。
▲Index
← 前へ ・ 次へ→