第二十九章
■手料理でリトルパーティー■
 さて今日は、二時〜五時のだけで演奏は終了。我々の宿舎であるハウトーンホテルは、長期滞在者用にキッチンが完全装備である。コンロだけで五台、大きな流し台と調理台用換気扇、コンロの下に大きなオーブンがある。これだけ揃っていればほとんど作れないものはない。と言うわけで今夜は、英二郎が料理をし、クラリネットの後藤雅広ご夫妻をお招きすることになった。料理の出し物は英二郎特製のハンバーグである。

 英二郎も最近、東京ではイタリア料理だの、やれなに料理だのと食通を気取っている。色々なところで食べていて、見よう見まねで料理を作ることがある。うまくいく場合もあるが失敗することも多い。今夜の調味料だけは、どうやら一級品らしい。私はあまり知らないが酢はのどこどこの何々、塩は岩塩が良いだの、ソースはどこどこのメーカーの何々云々・・・なかなか能書きを言ってくれる。

 さていよいよ料理が始まりった。勿論私は高みの見物である。が、なにもしないのも申し訳ないので、ジャガイモでも茹でてポテトサラダを作ることにした。これらの食材は昼間の中にスーパーマーケットで全部買い込んだのである。

 英二郎はと見ると、一生懸命に挽肉を練り込んでいる。東京にいるときにはキッチンに立つようなことはまず無い。どこでどう覚えたのか見よう見まねでハンバーグらしきものを作っている。私の係であるポテトサラダは、あとマヨネーズであえるだけになったので、この間を利用して日本に絵葉書を書くことにした。

 我々のアメリカ行きを応援してくれたり、心配してくださっている方々に、一通一通心を込め書いていた。
 そうこうしているうちに後藤ご夫妻が、自分たちの飲み物であるビールとグラス、それと食器を持って登場。いよいよリトルパーティーの始まりである。

 英二郎手作りのハンバーグも少々焦げたが、自慢のソースを引っぱり出し、ひとくさり能書きを言ってから会食は始まった。私は一番好きなポテトサラダを
「うまいだろう、うまいだろう」と半ば否定できないようにして食べさせている。
私自身も英二郎のことはいえないようだ。椎茸のお化けのような直径20センチほどもあるキノコをおもしろ半分で買ってきた。買った以上は食べないわけにはいかない。
 キノコのステーキにして食べることにした。熱したフライパンにオリーブ油を注ぎ通常のステーキと同じ様にお化けキノコを塩こしょうで焼いてみた。
「なかなかおいしいいけるいける」結局食べたのは私一人である。一袋に二つ入っていたが、もう一個は旅の最後まで冷蔵庫に眠っていた。しかしそのキノコを焼いたときの煙が部屋中に、充満し換気扇だけでは間に合わず部屋のドアを開けた。私たちの部屋はその階の中程にありその煙が廊下に充満したのには少々慌てた。夜も十一時頃であるので室外に出る人も少なかったので事なきを得たが、一歩間違えば火事騒ぎである。

 今日で滞在四日、演奏は二日目を終了したが、トランペットのトレーニングが少々足りなく調子がいまいちである。どうも朝が早いと周りに遠慮をしてしまい練習不足に陥る。明日は早く起きて離れにあるコインランドリーで練習することにした。

 滞在五日目の今日も朝から快晴。日本との時差の関係で、未だに朝5時頃には目が覚めてしまう。妻も英二郎も寝ているので、ゴキブリよろしくキッチンで昨夜の残り物をあさっる。ハンバーグ、サラダ、ほうれん草のお浸し、おにぎり、色々なものが残っているので少しずつ朝食がわりにする。

 朝5時ではいくら何でもトランペットを吹くわけにはいかず、一人静かにベッドにもぐり込んでもう一眠り。9時半から10時半まで一時間たっぷり練習をする。
 今日の演奏場所は、オールドサクラメントに面した、メインのショッピングセンター街に作られた特設ステージ。ショッピングセンターの中に銀行やオフィスも混在し、演奏時間が12時からと言うこともあって一般の客に混じり銀行マンやサラリーマンの姿も見える。本日のドラマーは三人目の新顔でる。色々なプレーヤーと出来て面白いと言っても良いが、音を出すまではどのくらいのプレーヤーか分からないので心配もある。


 日本人も変われば変わったものである。一昔前なら、アメリカのプレーヤーは全部ありがたかがって受け入れたものであるが、戦後半世紀も過ぎると、そのアメリカのプレーヤー達を追い越してしまうのだから時の流れとは面白いものだ。やはりここでも、本コンサートのために色々と曲目の下調べをしておく。どのような曲が喜ばれるのかやはりリクエストを取った。これは日本も同じだがグレンミラーの曲が数曲来た。一応、グレンミラーの曲は何曲か用意をしてあったので事なきを得た。

 今回はディキシーランドジャズだけでなくスィングジャズもやろうと思っているので、向里直樹のギターをフィーチャーし「ストッピングアットサボイ」を渋く演奏した。
 良いものを良いと聞いてくれるアメリカは、我々ジャズメンにとって、やり安いと言っても良い。

 今日は大きな出来事が二つある予定だ。一つはインターナショナルバンドのパーティーが篤志家の中で開かれる。もう一つ大きな出来事は、待ちに待った楠堂浩己の登場だ。
 私たちの演奏が終了しホテルに戻ってみると、楠堂浩己がボランティア達に囲まれてホテルのロビーに待っていた。一週間ぶりの再会だ。
「ウエルカム ツー サクラメント」思わず英語で出迎えの挨拶だ。楠堂浩己も開口一番、
「もう大変だったよ。サンフランシスコからの飛行機は遅れるし、搭乗口の変更など一時はどうなるかと思ったよ」今にも泣きべそをかきそうな顔をしていた。
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